Tumblelog by Soup.io
Newer posts are loading.
You are at the newest post.
Click here to check if anything new just came in.

March 14 2017

 1より1だけ小さい数, そこに何もないことを表す数, これが私達の先祖が何千年もの歳月を掛けてたどり着いた, 新しい考え方なのです. そして. この状態を「猫が三匹, 猫が二匹, 一匹, 最後に猫はいなくなった」と表現せずに, 「0匹の猫がいる」と表現するのです. 面白い言い方でしょう.
— 吉田武 「はじめまして数学 リメイク」
Tags: words

March 15 2015

個人の自我のほうから見るとまったくばかげていたり、避けたいことであったりすることも、自己のほうから見るときは、ひとつの巧妙なアレンジメントであると見えることは多い。われわれ心理療法家は、その両方の見方ができる人として、そこに存在している。そして、もっと面白いことに、ただ横に坐っているだけと思っていた、われわれ治療者自身も、そのアレンジメントの中にうまく組みこまれてしまって、右往左往させられていることに気づくことすら多いのである。自己というものは恐ろしいものである。
— 河合隼雄 「無意識の構造」
Tags: words
Reposted bymr-absentia mr-absentia

January 24 2015

事実は社会生活の基本です。ですが, 事実は事実としつつ, ある人にとっての真実を他者は尊重しなくてはならない, ということを言っているのです。
— 村井潤一郎編著「嘘の心理学」
Tags: words

September 19 2014

Tags: words

July 13 2014

Tags: words

June 28 2014

Tags: words
Reposted fromgrzej grzej viamr-absentia mr-absentia

September 22 2013

現実の問題は単純です。
何がもっとも重要なのかを見失わず、もっとも重要な点から問題を見れば単純なのです。
— 小野田博一 「1分でわかる! ロジカル・シンキング」
Tags: words

August 15 2013

 愛について学ぶべきものは何もない、という思いこみを生む第三の誤りは、恋に「落ちる」という最初の体験と、愛している、あるいはもっとうまく表現すれば、愛のなかに「とどまっている」という持続的な状態とを、混同していることである。それまで赤の他人どうしだった二人が、たがいを隔てていた壁を突然取り払い、親しみを感じ、一体感をおぼえる瞬間は、生涯をつうじてもっとも心躍り、胸のときめく瞬間である。それまで自分の殻に閉じこもり、愛を知らずに生きてきた人ならば、いっそうすばらしい、奇跡的な瞬間となるだろう。ふいに親しくなるというこの奇跡は、二人が性的に引きつけあって結ばれるとか、性的な関係から交際が始まった場合のほうが起こりやすい。しかし、この種の愛はどうしても長続きしない。親しくなるにつれ、親密さから奇跡めいたところがなくなり、やがて反感、失望、倦怠が最初の興奮のなごりを消し去ってしまう。最初は二人ともそんなこととは夢にも思わず、たがいに夢中になった状態、頭に血がのぼった状態を、愛の強さの証拠だと思い込む。だが、じつはそれは、それまで二人がどれほど孤独であったかを示しているにすぎないかもしれないのだ。
— エーリッヒ・フロム 「愛するということ」
Tags: words

August 05 2013

 つねに真実を語るということは、真剣にそうしようと欲するときでさえ、決してなまやさしいことではない。嘘はわれわれの生活に深くからみついているので、たいていの人は嘘をいうことがなんの目的もきき目をないような、独り言や祈りのなかでさえ、やはりひと知れずいつわりがちである。
 ところが、人間は他人の嘘にはたやすく気づくものであって、ただその嘘が自分におもねるときか、あるいはちょうど都合のよいときだけ、それを信じるのである。
— ヒルティ 「眠られぬ夜のために 第一部」
Tags: words
 結婚は軽くみてよいことでなくて、本当は恐しい事柄である。それは、個人にとっても国民にとっても祝福の源にもなれば、または全く立ちあがれないほど重く彼らの上にいつまでものしかかるように見える呪いの源にもなる。このことは、個人についても、全体としても、実にしばしば指摘することができる。
 結婚の日は生涯におけるとりわけ重大な日であって、ただ女性にとってそうであるだけではない。結婚式当日のいろいろの楽しい催しも、往々にして、結婚という事柄のあまりの厳粛さを当事者とその家族に対し、ただいくらかでも蔽い隠そうという秘かな意味を持つのかもしれない。
— ヒルティ 「眠られぬ夜のために 第一部」
Tags: words

April 23 2013

平時においては、心が穏やかであることをそれほど気に留めない。当たり前のこととして過ごすからであろう。何事もなかった毎日を「幸せだなあ」と感慨に浸りながら暮らすとすれば、それ以前に何か心が傷つくか、もしくは愛する大切な対象を喪失した体験があったであろうと予想される。当たり前の生活や平凡さに感謝できる人は、その価値を知っているからである。
— 藤森和美編「子どものトラウマと心のケア」第1章 子どもにとってトラウマとは
Tags: words

March 31 2013

我々はこの世に生まれ、戦いの場に入る。そして、死を迎えてそこを去るのだ。退場間際になって、戦車の使い方を習得しても無駄だろう。もうあとは、いかに死を迎え、この世を去るかを考えるべきだ。もしまだ学ぶべきことが残っていればの話だが、老いて学ぶべきは、いかに死ぬかということだけだ。しかし、私と同じぐらいの年齢でそれができている人は少ない。皆、あれこれ学ぼうとするが、死に方だけは学ぼうとさえしないのだ。
— ルソー 「孤独な散歩者の夢想」
Tags: words

August 26 2012

こうしている間にもパブロフのベルが鳴っている。外科医が誰かの脳の中を探っている。私たちは条件づけられ、過去を暴かれ、解放され、そして責任を持たされている。誰かが命令を叫ぶ。従うか、従わないか。私の命令は、ページをめくりなさい、である。
— ローレン・スレイター 「心は実験できるか 20世紀心理学実験物語」
Tags: words

April 08 2012

普通われわれの想像力が騒音のなかに語をならべるのである. それはちょうどのんびりくつろいでいるとき, 皺になった布地や煙の中にいろいろな形を見てとって戯れるのに似ている. でもわれわれはあまりにもへとへとになって, 戯れる勇気がなくなると, そのときはじめて, 本当の語を必要とすることをさとるようになる. われわれはそういうことばを持とうとして叫ぶ. 叫びはわれわれのはわらたをかきむしる. われわれは沈黙しかもたない.
— シモーヌ・ヴェーユ 「カイエ」
Tags: words
神は神をして自分にむかって叫ぶままに放置した. しかしなにも答えなかった.
— シモーヌ・ヴェーユ 「カイエ」
Tags: words
Older posts are this way If this message doesn't go away, click anywhere on the page to continue loading posts.
Could not load more posts
Maybe Soup is currently being updated? I'll try again automatically in a few seconds...
Just a second, loading more posts...
You've reached the end.

Don't be the product, buy the product!

Schweinderl